うつ症状の裏に別の原因が隠れているケース 双極Ⅱ型障害診断には「軽躁」の確認が必要

他病院で「うつ病」と診断されたが、疑わしい行動が

 大学卒業後、「コマーシャルを作りたい」という夢の実現のために大手広告代理店に入社したAさんでしたが、深夜残業に加えて、休日返上で働く激務の日々が続き、入社8年目に抑うつ状態が現れ、某クリニックで「うつ病」と診断され、会社を休職することに。

 その後、いったん復職したものの再休職し、産業医の勧めで当クリニックに来院。憂うつで倦怠感があると話していましたが、その後、恋人と一緒に海外旅行へ。帰国後、久しぶりに来院した彼は、よく日焼けしていて南の島でバカンスをエンジョイしてきた若者と映り、休職中の行動とは思えず。この患者さんは本当にうつ病なのか?という疑いが頭の中によぎります。

双極Ⅱ型障害の疑い、診断には「軽躁状態の確認」が必要

 「うつ症状」から、かけ離れた状態の本人を見て、私は「双極Ⅱ型障害=長いうつの間に、気分が高揚する『ごく短い躁状態』がある疾患」の可能性があると考えました。

 「双極Ⅱ型障害」と診断するためには長い「うつ状態」の合間にやってくる「ごく軽い躁状態=軽躁(けいそう)状態」があることを確認する必要があります。

 しかし、本人ですら「今日はちょっと気分がいい」程度にしか感じない、わずか数日程度(4日間ほどと言われています)の「軽躁状態」を、「あれ?今日はちょっと様子がいつもと違う」と、捉えることは、家族や職場の人はもちろん、本人自身でさえ、かなり難しいこと。これが双極Ⅱ型障害の診断が難しいという所以です。

 とはいえ、正しく診断できていなければ、効果のある薬が処方されていないことになります。うつによる再休職を繰り返している場合は、双極Ⅱ型障害の可能性を疑ってみることも、頭の隅に置いていただけたらと思います。

<この記事に掲載されている主な内容>
・激務の広告業界勤務で抑うつ状態となり「うつ病」と診断される
・朝から憂鬱で倦怠感もあるのに、恋人と海外へ!?
・「うつ病」と「双極Ⅱ型障害」では治療方法が全く違います
・「双極Ⅱ型障害と診断すること」は、実は大変難しい
・こんな変化に気づいたら、軽躁状態かも?と疑ってみてください

 ここでは当クリニックの五十嵐良雄医師が、日経BPのWebサイト「日経グッデイ」で連載していた記事を日経BPの許可を得て掲載しています。

長い「うつ」の間に、数日程度のごく短い「躁(そう)」がある

第23回 正しい診断が難しいからこそ、知っておいてほしい双極Ⅱ型障害
2023/11/29 五十嵐良雄=精神科医・東京リワーク研究所所長

 この連載では、私がこれまでに数多くの患者さんを診てきた経験から、クリニックの診察室で患者さんを診察する際に、

  • どのような視点で、患者さんの病状や体調から原因疾患を診断しているか
  • その診断を、どのように治療に結び付けているか

 という精神科医の診断と治療についてお話ししています。

 今回の患者さんのケースはこちらです。

症例 4
父親の仕事の関係で海外への移住経験が数回あり、フランスから帰国した小学校2年時に東京の公立小学校に入学。その頃、外国からの転校生ということで、いじめを受けていたと話すが、本人は理由がわからず、この時期に「周囲に迎合する気質」が育まれたと言います。

Aさん:男性、年齢34歳。3人兄弟の末っ子。大学卒業後、希望通りに大手広告代理店に入社したが、強引なクライアント、深夜残業、土日出勤など厳しい日々を送る中、上司が異動してしまい、プロジェクトを引き継いだのちに抑うつ状態となり、入社8年目に「うつ病」と診断されました。

※こちらの例では、実際の患者さんの情報を特定できないように一部加工しています。

激務の広告業界勤務で抑うつ状態となり「うつ病」と診断される

 Aさんは大学を卒業後、「コマーシャルを作りたい」という動機で大手広告代理店に入社し、3年目から営業部門に異動。このとき、担当したクライアント(顧客)が強引かつ、予算を握っているキーマンであったため、気に入られるために「服従」し、「彼を満足させることに相当な気を使っていた」と話します。

 当時は毎日のように深夜まで働き、タクシーで帰宅。土日のいずれかは出社するという日々が続き、入社8年目の9月に抑うつ状態が出現して、うつ病と診断されました。

< 抑うつ状態とは >

•食欲が落ちる

•よく眠れない日が増える

•気分が憂鬱になることが増える

•仕事がはかどらない、能率が落ちる

•以前は楽しいと感じていたことを、楽しいと感じられなくなる

といった症状が現れている状態を言います。
これらの症状が複数ある場合は、うつの可能性があります。

 こうした状態が出現した時期は、有名タレントを起用してのキャンペーンを担当し、その成功のために非常に多忙になっていたところに加え、上司が健康上の理由から異動することになり、自分がそのプロジェクトを引き継ぐことになった時期だったと話します。

 タレント、クライアント、社内スタッフとの間での板ばさみ状態は、きわめてストレスフルな状況となり、プロジェクトが終了した時には完全に疲労困憊(こんぱい)した状態でした。

 さらに、その後、そのプロジェクトに付随したミスが発生し、処理のために新たな作業に追われることに。そして、その渦中で、「急に頭の回転が遅くなり、働きが鈍くなるような感覚があった」と言います。

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