大人の発達障害、会社に理解と配慮をしてもらうには

 大人の発達障害と診断するには、幼少期から現在に至るまでの詳細な情報を得ることに加え、各種の心理検査や知能検査、記憶検査等も踏まえた多角的な評価が不可欠であり、多くの時間を必要とします。そのため、正確に診断することが難しいのが最大の課題と言ってもよいでしょう。

 大人の発達障害の患者さんが休職した場合、復職へのプロセスを進めていく段階において、患者さんの状態や状況を会社に伝え、会社の理解を得ながら、患者さんだけで会社と交渉し、「復職後の安全な就業を維持する」というのはなかなか難しいことです。会社側にしても、発達障害を有する社員に対して、安全配慮の必要性を理解していたとしても、どのように配慮すればよいか分からないことが多いでしょう。

 以下の記事では、「うつ病」と診断され休職していた患者さんが、当院の大人の発達障害外来の受診を希望して転院され、当院の医療リワークを利用して復職されたケースを紹介しています。会社が主治医に「社員相談」を申し込み、話し合った結果、会社との交渉は、当院の医療リワークスタッフが、コーディネーターとして関与することを許可してもらい、本人の体調や以降に沿った復職につなげることができました。

 ここでは当クリニックの五十嵐良雄医師が、日経BPのWebサイト「日経グッデイ」で連載していた記事を日経BPの許可を得て掲載しています。

会社は「発達障害」を理解しても、どう配慮すればよいか分からない

第25回 復職後の処遇についての交渉にはコーディネーターが必要
2024/1/31 五十嵐良雄=精神科医・東京リワーク研究所所長

 厚生労働省の調査によると、うつ病などの気分障害の患者数は2020年に全国で172万人と報告されており、ビジネスパーソンにとっても大きな健康問題になっています。ただし、ひと口に「うつ」と言っても、うつの症状が現れる疾患はうつ病だけに限らず、たくさんあります。特に「双極Ⅱ型障害」や「大人の発達障害」などによってうつの症状が現れているにもかかわらず、うつ病と診断されてしまうケースが増えています。

  では、そんな状況で、精神科医はどのように対処しているのでしょう。精神科医の五十嵐良雄氏がどんな視点で患者さんの病状や体調を診て、診断し治療を行っているか、患者さんの事例別に紹介しています。

 この連載では、私がこれまでに数多くの患者さんを診てきた経験から、クリニックの診察室で患者さんを診察する際に、

  • どのような視点で、患者さんの病状や体調から原因疾患を診断しているか
  • その診断を経て、どういう治療を行っているか

 という精神科医の診断と治療についてお話しています。

 今回の患者さんのケースはこちらです。

症例 6
 今回の患者さんは有名大企業の健保組合に勤務している女性。派遣社員を経て半年後に正社員となったものの、上司の事務長の人事異動で、事務長のデスクにあった代表電話対応が自分の担当の業務となり、問い合わせへの対応が大幅に増えて、一気に業務負荷が上昇してしまいました。

 もともと電話対応が苦手であることは派遣会社に伝えていたのですが、派遣社員から正社員に採用するとの話があって、断れなかったといいます。しかし、実際の電話対応では「相手が何を言っているのか理解できない」「話の途中でメモが取れなくなる」「取り次ぐ際に内容を伝えられない」といった苦手なことがあり、周囲からの評価が低下してしまいました。

 その後、電話対応に加えて、大量の郵便物を開封して仕分けする業務が加わりました。もともと2つのことを同時に処理することが苦手だったので、業務効率はさらに低下。あるクリニックを受診して「うつ病」と診断され、休職することとなりました。

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 かねてより、「自分は発達障害なのではないか」との疑いを持っていたとのことで、メディカルケア虎ノ門の発達障害外来を受診。検査の結果、「自閉症スペクトラム障害(ASD)+注意欠如・多動性障害(ADHD)」であると診断しました。すでに休職中であったため、当院のリワークプログラム(※1)に参加し、発達障害のプログラムで、障害についての知識を得て自分の障害性を理解しました。

 復職に際しては、会社側に電話対応が困難なことを伝え、かかってくる電話については全員で対応してもらいたいと申し出て、改善を求めました。

 会社との交渉においては、当クリニックのスタッフがコーディネーターとして関与し、発達障害であること、発達障害がどういうものかを伝えると、うつ病だと考えていた会社は困惑しましたが、会社から主治医に「社員相談」を申し込んでもらい話し合った結果、コーディネーターが復職に関与することを正式に許可してもらいました。

 主治医からは、会社に安全配慮について説明し、親会社の産業医による面談で本人の希望を明確化します。そして、最初は就業時間を最小限にして、そこから段階的に増やしていくとする配慮や、業務内容も段階的に拡大するなどの「長期欠勤者短時間勤務実施計画書」を作成し、試し出勤を経て、正式に復職しました。

 その間に本人やコーディネーターと会社との面談は合計で7回実施しました。会社としては当初、「特別扱いはできない」という基本姿勢でしたが、場合によっては障害者雇用も検討する可能性を示唆するに至りました。

※こちらの例では、実際の患者さんの情報を特定できないように一部加工しています。

*1 「うつ」で休職中の会社員の患者さんに、医療機関のデイケアに一定の期間、通勤のように通ってもらって、職場のように何らかの作業をしてもらい、復職後の勤務の日々に似た環境の中で少しずつ慣れてもらう復職支援のプログラム。「リワーク」はreturn to work(仕事・職場に戻る)の略語。

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