発達障害の人に恋をして、悩んだ。今なら当時の自分にどんな言葉をかけるだろう?

本や映画、勉強会で発達障害を学んで演技に生かす

葛監督:その募集に、ありがたいことに5、6人の方が手を上げてくださって。その方々にお会いして「どういうときに楽しいと感じますか」といったパーソナルなお話を聞き、ご自分の部屋の写真を見せていただいたり、中にはご家族に会わせていただいたりした方もあり、皆さん、とても協力してくださいました。

 そして、そのとき撮影した動画や、私が勉強してきた五十嵐先生の発達障害の本、発達障害を題材とした映画などを宮沢さんにも見てもらい、2回ほど発達障害についての勉強会を行いました。それから、実際に取材をさせていただいた発達障害の方に、会ってもらってお話しすることも。

 それらを経た上で、撮影の前の「セリフの読み合わせ」に五十嵐先生に来ていただいて、アドバイスをいただきました。

Dr. 五十嵐:そうでしたね。

 勉強会で宮沢氷魚さんと話したときに、発達障害を持った方が身近におられたという話をしてくれました。そのとき、私は「その人から受け取ったこともあったのかな」と思ったんです。

葛監督:この企画を宮沢さんが「やりたい」と言ってくれたときにも、まず、その話をしてくれました。宮沢さんにとって、そうしたことも、この作品を選ぶことに影響していたのかもしれません。

Dr. 五十嵐:もし、そうであるなら、宮沢さんの経験と、監督ご自身の経験、そして他の方々から聞いた経験談などを交えて、それらが一つの映像になったのかなと思います。

葛監督:そうですね、そう思います。

Dr. 五十嵐:やはり、そういう必然性や偶然性のようなものがあって、それらが渾然一体(こんぜんいったい)となって作品になるのだな、ということを感じます。

 この映画の内容は、映像で作った虚構の世界ではあるけれど、その背景には実体があって、そこには非常に正確な感性が裏打ちされている。だからこそ、人に訴えるものができたのだろうと。

葛監督:ああ、すてきな言葉をありがとうございます。

 この映画作りで、一番苦労したのは物語のエンディングでした。ラストシーンをどう描くか、という点です。

無力感に打ちひしがれていた私が切望していたもの

葛監督:私が発達障害の人に恋をしていた頃、相手に「何も伝わっていない」と感じて、無力感や徒労感に打ちひしがれていました。

 だからこそ、今回の映画を作る上では、当時の自分が、どういう作品を見たら励まされるだろう、元気になれるだろう?と考えました。

 あのとき、私自身が切望していた“希望”とは、何だったのだろう?

 この問いの答えを、長い時間、ずっと考え続けていました。


遠まわしながらも自分の気持ちを伝え、彼の気持ちを確認しようとする「春」だったが…。はたして、この涙の理由、この恋の行方は… ©2022『はざまに生きる、春』製作委員会

葛監督:「この映画のエンディングをどう描こう?」と悩み続け、シーンを変えたり、長さを変えたり、何度も考え直して、作り直しました。

 本当に、もう決めないと撮影が間に合わない!という段になって、ようやく、とあることから、「ああ、私が知りたかった希望とは、こういうことだったのだ」と、ストンと胸に落ちる瞬間が訪れ、そこからエンディングを考え直しました。

 「人と人は分かり合えない。なぜなら、お互いに絶対に違う、別々の人間だから。……だけど、だからこそ、人は……」という思いを映画の中に、自分なりに込めました。

 恋の悩みを抱えて、苦しい思いをしていた過去の自分に、そして今、まさに同じように悩んでいる人に、込めた思いが届いたら、とてもうれしく思います。

Dr. 五十嵐:きっと届くでしょう。お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

 

映画『はざまに生きる、春
2023年5月26日(金)公開
監督・脚本:葛里華、キャスト:宮沢氷魚 小西桜子

葛里華(かつ りか)さん
映画監督

1992年生まれ。慶應義塾大学に入学後、「創像工房in front of.」に所属し、映画制作を始める。大学卒業後は出版社に勤務。漫画編集者として働きながら、自主映画を制作し、「カナザワ映画祭」や「MOOSIC LAB」等、国内の映画祭に多数出品される。今作『はざまに生きる、春』が商業デビュー作であり、初の長編作品となる。

(まとめ:福井弘枝=編集・ライター)

出典:「日経Gooday」2023年5月9日掲載
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/111600039/041700025/
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