ストレスに強い?弱い? 脆弱性の個人差は何が原因か

ストレスに対する脆弱性には個人差がある

加藤 こうした結果から、地下鉄サリン事件のケースと同様に、海馬がもともと小さい人たちは、戦争などの強いストレスの影響を受けやすくPTSDになりやすい。PTSDになる人はもともとストレスに対する脆弱性があると言えます。

 そして「戦争に行ったけれどPTSDにならなかった人たち」は、もともと海馬が小さくないと判明しました。

 ここで「もともと海馬が小さい」という表現について誤解がないように説明しておきますが、これは明らかに萎縮があるというような、そういうレベルのことを言っているのではありません。「比較的小さい」という意味であって、例えば「背が高い」「背が低い」というのと同じで、その人が劣る、ダメだという意味ではまったくありません。

 また、自分の脳の海馬が大きいか小さいかということを個々人で見ることはできませんし、ここでの大きい、小さいというのはグループで比較して有意差が出てくるかどうかというレベルです。

五十嵐 はい。そうすると、サリン事件と同様に、その意味において、もともと海馬が比較的小さい人たちにとっては、日常のストレスでも影響が出る可能性があるということですか?

加藤 それはあり得ますね。

 この例でも、そういう人たちで海馬が小さければ小さいほどPTSDになって、しかも、そのPTSDの症状は強かったという結果が出ています。PTSDになる人は「もともと、ストレスに対する脆弱性がある」という可能性も考えられます。逆に言えばレジリエンス(回復する能力)が不足している可能性もあるということです。

 ただし、あくまでも「あり得る」という表現にとどまります。なぜなら、PTSDというのは「戦争に行って死の恐怖を思い切り浴びた」といった、生命の危険を感じるほどの相当に強いストレスを受けた場合に、この診断が出るのであって、日常の仕事のストレスにそのまま置き換えるのは当てはまりません

ストレスの影響を受けやすい人、そうでない人

 また、「相対的にはそうだと考えられる」という意味では、「日常のストレスが脳の海馬に影響を与える可能性はある」と言えるでしょう。「もともと海馬が比較的小さい場合は、脆弱性がある、ストレスに弱いという可能性があり、ストレスの影響を受けやすい」と言えます。

 ただし、「脆弱性がある=ストレスに弱い」と言ってしまうと、いかにも悪いこと、弱いことのようにとらえられがちですが、そういう意味ではありません。そういう人たちは逆に言えば繊細であったり、別の、ある能力はとても優れているということは十分あるわけです。

 大事なことなので繰り返しますが、PTSDは戦争体験のように「自らの命の危険を感じるほど非常に強いストレスを受けた場合に生じる反応」であって、日常の生活や、仕事上のストレスなどによって生じるものではありません。近年では「仕事のストレスによってPTSDになった」という診断書を出す医師もいると聞いていますが、本来、PTSDは日常や仕事上で受けるようなストレス反応とは一線を画すものです。

海馬の神経細胞の一部は再生すると判明

加藤 また、近年、分かってきたことは、幼少期に幼児虐待を受けた経歴がある人にPTSDの症状を訴える人たちが結構多いということです。

 つまり「小さい頃の虐待体験」のようなものが、ひょっとすると脳の海馬を小さくすることに関係しているのかもしれない。必ずしも「もともと海馬が小さい」のではなく、幼児期の体験が影響しているかもしれないという議論が起こるようになりました。これは「ひょっとすると」「かもしれない」という領域の範囲ですが、可能性は確かにあります。

 実は脳の細胞、海馬の細胞というものはもともと、まったく細胞分裂しません。つまり再生しないと思われてきました。ですが近年、新たに分かってきたのは、海馬の神経細胞の一部分は再生するということです。

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