たかがストレス? されどストレス!自分に合った対策方法を見つけられていますか?

心の奥底、深いレベルにある「スキーマ」

伊藤CPP 実は、自分でも原因や理由がわからない、悲しみや怒りといった感情が表出して困惑する人がいます。

 「なぜ、私は、いつも似たような状況で、ひどく悲しい気持ちに陥るのだろう?」「どうして、いつも同じようなタイミングで、強い怒りがこみあげてくるのだろう?」という具合です。

 それは、例えば「自分が嫌い」「自分に自信が持てない」「他人を信じられない」「生きていく希望が持てない」「生きていてもつらいだけ」など、仕事上のストレスや人間関係の悩みといったものとは次元が異なる、心の奥深くに形成された「心の傷」や「生きづらさ」に由来するものです。

 そして、これはたいてい過去の、それも幼少期から思春期の親子などの家族関係や、小学校、中学校時代の対人関係から形成されていることが多いのが特徴です。

 「スキーマ」という言葉は、心理学では「過去の行動や経験や記憶によって構造化された概念のこと」を言います。

 例えば、私たちは子供から大人になるまでの間に、「男性は(または女性は)こうあるべき」「親は(子供は)こうあるべき」といった「〇〇はこうあるべき」という、周囲の強い考えや価値観にさらされ、少なからず影響を受けます。これも過去の行動や経験、記憶によって構造化された概念=「スキーマ」の一つです。


「スキーマ」とは自動思考よりも深いレベルにあって継続している認知(考え)のことです。その人にとっての「深い思い」「自分のルール」「信念」といったものがスキーマに当たります(伊藤さんの著書『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法BOOK1』(医学書院)の図を基に編集部で作図)

スキーマ療法は、価値観にアプローチする「心の大工事」

伊藤CPP 認知行動療法で注目する「自動思考」は、何かの出来事に遭遇したその瞬間に、自動的に頭の中に思い浮かんだ考えや感情を言いますが、「スキーマ」はそうした反射的な反応ではありません。

 例えば、約束した待ち合わせの時間に遅れそうだ、という時に「約束相手を待たせてしまう。まずい」と思って走り出す場合、その人には「約束した時間は守らなくてはいけない」という価値観(=スキーマ)があると言えるでしょう。

 一方で「ちょっと遅れそうだけれど、ま、いいか」と考える人は「少しぐらい遅れても大丈夫、待っていてくれるものだ」という価値観(=スキーマ)があるのかもしれません。

 このように、私たちの行動の背景には「モノの考え方や価値観」があります。それは、子供時代から大人に成長する過程で、長い時間をかけて形成され、その後の物事の捉え方や、行動、生き方に影響を与えています。それゆえ、それが柔軟さを許さない堅固なものとなった場合は「生きづらさ」につながるケースがあるのです。

 仮に、大人になるまでの失敗経験や、その失敗を強く叱責された記憶などから「自分はダメな人間だ」という思い込みが生まれた場合、それが深い傷となって、その後の自分に長く影を落とす、という具合です。

 こうした、心の深い部分にある、ものの考え方や価値観に向き合う治療が「スキーマ療法」です。その実際の方法は、「心の大工事」が必要になります。

五十嵐 そうすると、スキーマ療法というのは認知行動療法の延長線上で使うこともあるけれども、ちょっと別の領域の技法だということになりますか。

伊藤CPP そうですね。治療の流れとしてはまず、認知行動療法を行います。それでメンタルヘルスの症状が改善して、一般的には、その段階で回復するのですが、スキーマレベルで傷ついている方は、いわゆる「うつ」やメンタルヘルスの症状が回復しても、心の奥底に空虚感があったり、見捨てられ不安を持っていたり、結局、認知行動療法だけでは、生きづらさは改善されません。

 そういう場合は、まず、認知行動療法で現実的な問題を改善してから、その上で、スキーマ療法を用いて、心の奥、深いところまで見ていくことになります。

五十嵐 今回は認知行動療法のさまざまな手法の中から「認知再構成法」と「マインドフルネス」、「スキーマ療法」についてお伝えしました。

 ストレス対策には、さまざまな手法があることを知っていただけたと思います。ぜひ参考になさってください。

今回ご協力を頂いたのは…

伊藤絵美(いとう えみ)さん
セラピスト(公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士)、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長、千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任教授

慶応義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業、同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。

2004年より、認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関「洗足ストレスコーピング・サポートオフィス」を開設、所長を務める。主な著書に「セルフケアの道具箱―ストレスと上手につきあう100のワーク」(晶文社)、「コーピングのやさしい教科書」(金剛出版)、「世界一隅々まで書いた認知行動療法・認知再構成法の本」(遠見書房)など多数がある。

(まとめ:福井 弘枝=フリーライター)

出典:「日経Gooday」2022年6月29日掲載
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/111600039/062000018/
日経BPの了承を得て掲載しています

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