ストレスは私たちの「脳」に影響している

ストレスと脳の海馬は決して無縁ではない

五十嵐 加藤先生はこれまで精神科医として国立精神・神経医療研究センター 神経研究所や東京大学で研究をされ、中でも「脳、特に海馬」に関わる研究をなさってこられました。今回はストレスが脳に与える影響についてお尋ねしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

加藤 はい。まずは、ストレスが我々にどういう影響を与えるかという点から始めましょう。

 私たち人間の身体は何らかのストレスを感じると副腎(腎臓の上にある内分泌器官)から「ステロイドホルモン」と言われるホルモンを分泌します。これは血圧を上げる、血糖値を上昇させるといった、ストレスに対抗するための反応を引き起こして、ストレスから身体を守ろうとする反応です。

 そして、このホルモンを受け取って情報として利用するための「受容体」が脳の海馬にあることが、米国ロックフェラー大学のブルース・マッキイエン教授によって1972年に発見されました。

 さらに、猿の脳を用いた研究で、ストレスを受けると脳の海馬の「ある部分(=CA3と呼ばれる部分)」の細胞が死んでしまうということが知られるようになり、「ストレスと脳の海馬は決して無縁ではない」ということが分かってきました。


海馬は記憶をつかさどる部分

加藤 そして、ちょうど私が東大の教授になった頃でしたが、この海馬とストレスの関係についてどう研究するかを考え、PTSDに着目しました。

 PTSDはPost Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)と言って、自らの命にかかわる、死に直面するような出来事に遭遇して非常に強い精神的な衝撃を受けた場合に、次のような特徴的な症状が現れるものです。

 その症状は

・つらい思い出が勝手にフラッシュバックする再体験症状
・逆に、そのストレス体験自体を忘れてしまう麻痺(まひ)症状

 などです。

 実際、2011年に発生した東北地方、太平洋沖地震による東日本大震災後には、小さな子供が震災で親が亡くなったこと自体を忘れてしまうということがありました。明るく、にこやかな表情で、まったくそんなこと(震災)は無かったかのようにふるまう一方で、過覚醒といって眠れなくなってしまう。こういう症状が1カ月以上持続する場合はPTSDと診断されます。

命の危険に関わる戦争時などに多くみられたPTSD

加藤 また、さかのぼれば第一次世界大戦時にはヨーロッパでドイツ、イギリス、フランスによる塹壕(ざんごう)戦で、砲弾が飛び交う大量殺戮(さつりく)が頻繁に起こっていたため、戦争神経症と呼ばれる患者がイギリスだけでも12万人に上ったと言われています。

 国としてみれば第一線の兵士がそんな風になったのでは戦争なんてやっていられません。第一次世界大戦が終わったのはスペイン風邪のおかげと言われることがありますが、この戦争神経症も戦争終結に相当に影響したと考えられています。

 日本でも戦争中には戦争神経症という名前で呼ばれ、その記録は映像に残っています(*1)。死に直面するような非常に強い心因によってストレス症状が続く状態になる。これがPTSDです。

 こうした心身に強い反応を引き起こすPTSDは日常や仕事上のストレスによる反応とは一線を画し、「自らの死の危険や恐怖」と向き合うような激しく強い衝撃経験が引き起こすものです。

*1 国府台陸軍病院で記録された当時の映像がNHKの特集番組「隠された日本兵のトラウマ~陸軍病院8002人の“病床日誌”~」やクローズアップ現代+「封印された心の傷 “戦争神経症”兵士の追跡調査」で放映された。

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